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2017/02/28

2歳半の子供が館林美術館で美術鑑賞デビューした日の話

 2月にしては暖かい日曜日の朝、朝食を済ませて、洗濯機も2度回したのに、時刻はまだ8時半。
 「どこに行こうか」と妻と話し合いながら、オムツや着替えをカバンに詰めて、出かける準備を進める。行き慣れた近場も良いけれど、せっかく早く出発できそうだから、少し遠くでも良いかな、なんて考えていた。
 ソファーに寝そべって、指でぐりぐりしながら、Googleマップについたスターを眺めていると、もっと遠くに行きたくなった。

「車を借りてどこかに行こう」と妻に話して、さっそくレンタカーを手配する。じゃらんで予約しようと思ったら、当日の空き状況は出てこなかった。
 懲りもせずにクラブオフ経由での料金を調べると、12時間で6,500円(免責込み)ほどだった。
「他にもっと安いプランがあるのでは……」という思いはあったけれど、もう他の誰かと比べるのは止めよう。君は君だよ。
 ということで、10:30出発でレンタカーを予約した。

 10時に一人で家を出て、隣駅でレンタカーを借りて、家に戻ってくる。車はないのに、なぜかチャイルドシートは2台ある我が家。
 シートをセットして、荷物を積んで、子供も積んで、いざ出発だ。

 目指す先は、群馬県立館林美術館だ。
 事の発端は数日前。毎週録画してある「美の巨人たち」で、フランソワ・ポンポンの「シロクマ」という彫刻作品が取り上げられていた。
 真っ白で愛嬌のあるフォルムをしたシロクマの彫像が映ると、テレビの前でブロック遊びをしていた長男(2歳半)が「あ、シロクマさんだ!」と興味を持った。
 その後のVTRに出てくる動物の実写映像にも心惹かれた長男は、結局番組を最後まで観てしまった。
「もういっかいみる!」という流れになり、ここからはエンドレス。翌日からも「ポンポンみたいよぉ〜」という熱烈なリクエストをお寄せいただき、我が家のテレビを占拠する「美の巨人たち」は、長男以外にとってはもはや「進撃の巨人」に近しいほどのダメージを与えるに至った。
 そんなポンポンのシロクマは、パリのオルセー美術展に展示されているそうだ。一方で、群馬県の館林美術館にも小さな「シロクマ」をはじめ、ポンポンの作品が収蔵されているという。
 それぞれ、自宅からの距離を調べたところ、館林美術館のほうが若干近いようなので、今日のところはそちらへ向かうことにした。

 館林へ向かう道は順調で、子供たちも早々に眠りにつき、僕自身も年末の沖縄旅行以来約3ヶ月のブランクを感じさせないウィンカーさばきで、右折左折を繰り返していた。
 館林ICを降りるとちょうどお昼時になったので、美術館へ向かう道すがらで昼食をとることにする。
 目指す先はGoogleマップで見つけた「鎌倉点心館林店」というお店だ。
「鎌倉点心」が館林名物である可能性は決して高くないけれど、点心なら子供たちも食べられるだろう。
 カーナビの目的地はそのままに、Googleマップの目的地をお店にセットする。カーナビとGoogleマップが進行方向について言い争う声を背景に、車を走らせた。
 駐車場完備で、広い店内はベビーカーのまま悠々入ることができた。
 ランチメニューをチェックすると、一番上に点心セットがある。これは外せない。
 その他のメニューに目を移すと、ハンバーグ、ラザニア、カレー、パスタ……思いのほか、点心率が低い。というよりむしろ、点心は一つしかないようだ。
 もう一つはハンバーグにした。

 あまり期待せずに頼んだ洋食メニューだったけれど、良い意味で期待を裏切られた。
 最初に点心の付け合わせでスープとコールスローが出された(この組合せも謎)のだけれど、特にコールスローが大変おいしい。太めに千切りされたキャベツの歯ごたえと、パプリカの香りが素晴らしいものだった。
 ハンバーグに添えられたポテトサラダも、ピクルスが食感と酸味で良いアクセントになっていたし、大ぶりなパンはきちんと温かくて柔らかかった。
 副菜に手抜かりがない以上、メインのおかずが不味いはずもなく、ハンバーグも点心(肉まん、ちまき)も大変おいしかったです。

 鎌倉点心から美術館までは車でほんの5分ほどだ。
 有り余る駐車スペースに車を停めて、美術館へと歩く。
 青い空と広い庭。曲線が美しい建物に、アプローチに沿って流れる水のきらめき。車内で抑圧されていた長男のテンションは最高潮に達し、美術館に向けて全力疾走していた。

 喜んでくれて何よりなのだが、さすがにこのテンションのまま展示室に突入するのは危険なので、いったんオムツ替えをすることでクールダウンをしよう。
 まずは次男(8ヶ月)を交換台に乗せて、この危険な作業に取り掛かろうとした矢先に、興奮冷めやらぬ長男が多目的トイレから脱出を図る。
 妻は別でトイレに行っており、さらに多目的トイレの鍵はレバー式で位置も低いため、長男は扉を開けて外に出てしまった。
 次男をベルトで交換台に固定したまま、長男を呼び、必死に説得をする。
「お願いだから!ママが戻るまで!ここで!待っててくれる?!頼むから!」
 その間にオムツ交換台の上に縛り付けられていた次男は泣き叫び、さっきまで外に広がっていた楽園のような光景とは対照的に、この狭い個室は地獄絵図のようだった。
 そんな父の必死さが伝わったのか、長男も個室に戻り、そのうちに妻も戻ってきて、二人のオムツを替えることができた。
 これで少し落ち着くかと思ったが、ポンポンを観る前にパンパンのオムツを脱ぎ捨てて身軽になった長男は、今度は建物の外へと脱出を試みる。
 ここは何かしら役割を与えて落ち着かせる必要があると考え、受付で買ったチケットを「これ持って」と渡して、入口の人に渡してもらう係に任命した。
 館林美術館の良いところは、彫刻の展示室が独立した一つの空間になっていて、すぐにホールや外へと出ることができる点だ。これなら、子供が騒がしくなったとしても、延々順路を巡ることなく、外へと連れ出すことができる。
 ようやく少し落ち着いて、展示室に入った長男の目にまずとまったのは、イサム・ノグチの「リス」という作品だ。目にとまったと言っても「これなに?」と聞いてきただけだけれど。
「離れて観るとリスさんに見えるよ」と伝えて、立ち位置を調整してみたが、彼のリス像とは一致しなかったようで、あまり反応は良くなかった。
「リス」から少し間を空けた隣に、そもそもの目的であるポンポンの「シロクマ」が展示してある。
 長男もそれに気づき、「あ、ポンポンだね」と喜んでいた。
 長男はそのあともポンポンの「シロクマ」を食い入るように見続けるかとほんの少しだけ期待したけれど、特にそんなことはなく、さっさと離れて行ってしまった。
 妻一押しの「雉鳩」をはじめとしたポンポンの他の作品や、バリー・フラナガンの「仔象」を「とりさんだね。」「ぞうさんだね。」と一通り視認したら満足した(飽きたとも言う)ようなので、そのまま芝生の広がる庭へ遊びに行った。
 本当は別の展示室で開催されている企画展も観たかったけれど、無理矢理連れて行っても仕方ないのでやめにした。
 これも入館料が大人410円(展覧会により異なる)だからこそ持つことができた広い心であり、もし大人1,800円(展望台は別料金)であったとしたら、引きずってでも連れていったかもしれない。

 その後、長男は展示室で過ごした3倍の時間を庭で過ごしてから、帰路に着きました。
 短い時間ながらも、館林美術館で上々の美術館デビューを飾れたのではないかと思います。