僕はゲームボーイを片手に、下手糞な口笛のような風の音やガタガタ鳴る雨戸の音、大きく揺れる木々の姿を見て楽しんでいた。やがて物珍しさも無くなると、ゲームに夢中になり、そしてゲームにも飽きてしまうと、座椅子を倒して、そのまま肩まで炬燵にもぐりこんで、目を閉じた。
気がつくと、肩に毛布がかけられていた。茶色い毛布は、爺ちゃんの乾いた匂いがする。寝転がったまま目を開けると、隣の座椅子に爺ちゃんが背中を曲げて座っていた。
爺ちゃんは麦茶を飲みながらテレビを観ている。つまりNHKだ。爺ちゃんにとってテレビ=NHKなので、テレビをつけるときも「NHKつけてくれ。」と言う。
そんな爺ちゃんからNHKを観る権利を奪えるのは、僕だけだった。だから爺ちゃんが観るテレビはNHKとアニメだけだ。
片手を着いてゆっくり起き上がると、爺ちゃんは肩より前に突き出た首をこちらに向けた。
「おぉ、起きたか。」
「うん。」
部屋は薄暗かった。雨戸は閉められていて、部屋の電気はついておらず、テレビの光だけが部屋を照らしていた。
「じゃあ、飯にするか。」
爺ちゃんは寝起きの僕よりもゆっくりと立ち上がると、部屋の電気をつけてから、台所へ歩いていった。そう言えば、父さんも母さんも今日はいないのだ。台所からはガスのつく音と、電子レンジの回る音が聞こえた。
母さんが作り置きしてくれた夕飯を食べ終わると、爺ちゃんはまた麦茶を飲み、僕はオレンジジュースを飲んだ。アニメはやっていないから、テレビはずっとNHKのままだ。
僕はまたゲームボーイを手に取り、スイッチを入れた。そのとき、ひときわ強い風が吹き、雨戸を強く揺らした。そして、わずかに開いていた居間のドアが強く閉まった。
僕はゲームボーイを置いて爺ちゃんのほうを見たけれど、爺ちゃんはテレビに顔を向けたままでいた。僕もテレビを見ると、強風に関するニュースを流している。電車が止まり、看板が落下して怪我人が出ていた。
そしてまた雨戸がさっきよりも強く揺れた。僕は急に不安になった。電車が止まるくらいの風だから、この家が大丈夫だなんて思えなかった。外にいる父さんと母さんも帰って来れないしれないと思った。
爺ちゃんに話しかけようと横を向くと、爺ちゃんがこっちを見ていた。
「怖いか?」
「……ううん。」
気恥ずかしさからそう答えた。すると、爺ちゃんは、僕の頭を撫でた。
「そうか。爺ちゃんは怖いなぁ。」
僕は髪の毛をくしゃくしゃにされたまま、爺ちゃんをじっと見た。爺ちゃんは僕の頭に手を載せたまま、ゆっくりと体をこちらに向けてから言った。
「この家が潰れたら怖いし、外にいるお父さんやお母さんも心配だ。電車が止まってみんな困っているだろうし、学校だって壊れたら大変だ。」
爺ちゃんは僕がまさに不安に思っていることばかりを口に出した。ただし、学校について僕は壊れても良いと思っていたけれど。
「確かに強いのは良いことだけど、だからと言って怖がることは悪いことじゃない。怖いってことは、無くしちゃいけないものがあることだから。」
爺ちゃんは僕の頭から手を外すと、麦茶を一口すすった。そして今度はテレビのほうを向いて言った。
「まぁ、うちの婆ちゃんは怖いもの無しだったけどなぁ。」
爺ちゃんはそのまま大河ドラマを観はじめて、僕はまたゲームを手に取った。座椅子に座りなおして毛布を引き上げると、爺ちゃんの匂いがした。