「ねぇ、ところでなんで梅雨に入ったの?」
僕は彼女の笑顔を一瞥し、くわえたストローを思わず噛んだ。
まただ。またこの手の質問だ。僕が梅雨に入った理由なんて一つしかない。そう、気象庁がそう言ったからだ。ヤツがただ一言「梅雨入りしました。」と言うだけで、僕は梅雨入りする。主体性なんてありはしない。ひどい時には「梅雨入りしていました。」なんて言われたこともある。
なにも梅雨に限った話ではない。春に桜が咲いているのかも、秋に葉が色づいているのかも、僕は自分のことなのにわかりはしない。ただ気象庁が引いた線が僕に触れれば、僕は開花し紅葉する。今までもこれからも気象庁の敷いたレールの上をただ歩んでいくしかない。国土交通省ならまだしも気象庁の引いたレールなんてとんだお笑い草だ。
そして、そのことは彼女も良く知っている。それでいて尚、僕に聞いてくるのだ。無邪気な笑顔で、僕が何と答えるか測って楽しんでいるのだ。穿った見方だと思うかもしれないが、いずれにせよ彼女の稚気が僕に牙を剥く。
「さぁ……なんとなくかな。」
これが僕の精一杯の回答だった。正直に話す誠実さも、理由をでっち上げる不誠実さも持てない僕の精一杯の回答だった。
信号はいつまでも赤のまま、窓に染みて残っていた。