非常に可愛げのない犬である。
とある動物病院の先生曰く、
「非常にユニークな性格のワンちゃんですね。」
何かと言えば、触られるのを嫌がる。頭を撫でてやっても鬱陶しげにこっちを見るだけで、尻尾の先すら動かそうとしない。しつこく撫でていると、ふいとどこかに行ってしまう。僕が外から帰れば、まるで泥棒が侵入したかのように吠え立てる。
決して頭のよろしくない犬。エサで釣って、かろうじて「お手」と「おかわり」と「伏せ」を教えることには成功したが、「お手→おかわり→伏せ→エサ」の流れが定式化してしまったため、人が何か食べているのを見ると無闇矢鱈に「お手→おかわり→伏せ」を繰り返す。
食べ物をもらおうと、「お手」と「おかわり」は必死で爪を立ててきて非常に痛い。気持ち的には「お手」と言うよりむしろ「よこせ」と言う方に近い。そして最終工程の「伏せ」は動作が雑で、腰が全く落ちていない。酷いときには首を少し下にやるだけである。謝れない中学生か。
食事のとき、流石にテープルのものに手を出すような真似はしないが、おこぼれに預かれないかと、虎視眈々と狙っている。犬のくせに。そして誰かが食べこぼしをしようものなら、一目散に口から飛び込んでいく。何度ビンの蓋を口に含めば気が済むのだろうか。
そんなヤツも今はすっかり老犬である。
はじめに我が家に来たのが、ヤツが生後6ヶ月のとき、僕は小学生だった。あれからもう15年近くになる。
今では「お手」も「おかわり」も「伏せ」も一つ一つがゆっくりになったし、そもそもあまり食べ物を欲しがることも無くなってきた。
久々に実家に帰っても、吠え立てられることは無く、大概寝ている。近くまで寄って行ってやると、ゆっくり首を起こしてこちらに一瞥くれて、また横になる。本当に可愛くない。
撫でても逃げなくなったので撫でてやるが、すっかりみすぼらしくなった尻尾は相変わらず動かない。
大阪での休日の昼下がり、部屋で一人たい焼きを食べていたら、皮のかけらがこぼれ落ちた。僕はあわててそのかけらを拾い上げて、口に放り込んだ。3秒ルール。
その時にふと、この部屋では、何分何秒床に食べ物が落ちていようが、飛び込んでくる犬がいないことを思った。もう実家を離れて一年半以上経っているにもかかわらず、なぜかこのとき、初めてそのことに気付いた。
そして、実家でも、今ではあの犬も飛び込んでくることは無くなっていていること、そしてそのうち、実家からも、飛び込んでくる犬がいなくなることを知った。
あの犬が、どこにもいなくなってしまったとき、僕はたぶんここで、一人でそのことを知るのだと思う。
そうなったら、試しに食べ物をこぼしてみようか。
【過去記事】
久々に実家に帰ったら犬が予想以上に老いていたため慌てて写真を撮った。