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2009/06/21

ききまちがい

 宮崎駿のアニメを見て以来、空から女の子が降ってきたら必ず受け止めるようにしようと決意した。ただし、その子が飛行石をつけていない場合はその限りではない。自由落下するおよそ40kgの物体を受け止める自信が僕にはない。キャッチorスルーのポイントは彼女が墜落する前に飛行石の有無を判断できるか否かにある。
 飛行石の青白い光で判断するのが一番容易に思えるけれども、夜ならばともかく快晴の昼間に落ちて来られたらそれも難しい。一番手っ取り早いのは、とりあえず「バルス」と叫んでみてその反応を観察するのが良いと思うのだが、もしそれで飛行石が反応したらラピュタが吹っ飛ぶので、その後冒険に発展する可能性がなくなってしまう。
 そんなことを考えている僕の元に降ってきたのは、女の子ではなく、鳥の糞だった。
 10時に歯医者へ行き、親知らずを抜く準備としてCTスキャンを撮影。その足で図書館に寄って『デイヴィッド・コパーフィールド(一)』と引き換えに『ニュー・シネマ・パラダイス 完全オリジナル版』を受け取った後、自転車で美容室に向かう途中のことだった。
 交差点での信号待ちをした後、僕の前で自然と蛇行するおばちゃんをかわすため、歩道ではなく側道へと進路をとり、快調に走行していた。歩道にいた歩きタバコのオヤジを少し見て、また前を向いた瞬間、何か白い物体が目の前を落下し、僕の体を掠(かす)めていった。
 最初は花の蕾(つぼみ)が落ちてきたのかと思ったが、ふと嫌な予感がして自分の腰のあたりを見ると、白いペンキのようなものが、ズボンの右ポケットに付着していた。僕は自転車から降りて歩道へと上がり、それをより詳しく観察した。そしてそれが何であるかについて、望ましい順に検討していった。
 まずは花の蕾。落下の最中はそう見えたが、べっとりと付着したこの状態でその判断を下すのは難しい。次にペンキ。上に建設中のビルがあるか確認してみたが、なかった。最後に鳥の糞。これほど間近で鳥の糞を見たことはなかったが、いかにもボンネットの上で映えそうなこの微妙に立体感のあるフォルムと、白地にわずかに混じった黒のアクセントから判断するに、間違いない。
 女の子の落下については想定していたものの、それより遥かに確率の高い糞の落下についてはそうではなかったため、この後自分のすべきことがすぐには判断できなかった。「鳥は糞と尿を一緒にする」というどうでもいい知識に思いをめぐらししていると、先ほど追い越した歩きタバコのオヤジがこちらに歩いてくるのが見えた。
 オヤジは常に一定の進路をとっているだけなので、僕の身に起きたこの惨劇に気付いたわけではないだろうが、先ほど嫌悪を感じたオヤジにこの醜態を見られたくはなかった。歩きながらタバコを吸うのと、チャリ漕ぎながら糞をつけるのと、どっちがマナー違反なのだろうか。
 糞害から免れた後ろのポケットからハンカチを取り出し、それを包み込むようにしてやると、思いのほかキレイにふき取ることができた。そのまま一旦家に帰って着替えようかと思ったが、近づいてくるオヤジが怖くて、オヤジと反対方向にある美容室へと自転車を走らせた。
 成り行きでそのまま美容室に入ると、何も知らない美容師さんが迎えてくれた。僕はこの話を彼にしようかと思ったが、その話をした結果今日だけマッサージを省略されたりしたらちょっとショックなので黙っていることにした。
 だが席に着くなり彼が
「どうしました?」
 と言ったので、思わず右ポケットに視線をやり、まくし立てるようにこれまでの経緯を彼に話し始めた。彼はいつもどおり愛想よく僕の話に相槌(あいづち)を打っていたが、なぜ僕がこんなことを喋っているのか(今思えば)不思議そうであった。僕が話し終わると、彼は二言三言喋った後にこういった。
「それで、(髪の毛を)どうしますか?」