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2008/12/05

バス

 雨の中でバスを待つのは嫌なものだが、雨の日にこそバスは遅れる。トトロがとなりで葉っぱの傘でもさしていれば少しは気が紛れるのだろうが、今日はいないようだ。誰の隣にいるのだろうか。
 遅れてやってきた割にはバスは空いていた。それでも皆不機嫌そうに見える。まぁバスの中がゴキゲンであることなんて乗客全員がDA PUMPでもない限りありえそうもないので当然とも言える。
 しばし目を閉じてバスの揺れとイヤフォンから流れる音楽に身を任せていると、ふとバスの揺れが長く止まっていることに気付く。耳元でISSAがWe can't stop the musicと言っているのにいったいどういうことだろうか。
 前を見ると前方の精算機の前でおばちゃんがなにやらモタモタしている。バスが停留所についてからようやく両替をはじめ、さらに家族四人で乗っていたらしく、その計算に時間を取られている模様。
 「両替の人、こっちずれてもらえます? 後ろの人先にどうぞ。……後ろの方? あ、ご一緒ですか? そしたら先に降りちゃってください。」
 運転手のマイクのおかげでそのやり取りは車内に筒抜けになっていた。
 「そしたら、大人が二人と子供が二人でしょ。大人が210円で子供が110円だから、えーと……あー……」
 このとき、恐らくバス内にいる全員がこの計算に参加したのだろう。それまでこの狭い空間にいながらにして何の関わりも持たなかった乗客たちがはじめて一つになった瞬間であった。
 バスの中にあふれる一体感はDA PUMPのライブ会場そのものだった。満員の聴衆の視線を背に受けて、おばちゃんは言った。
 「620円!」
 このとき観客の心に鳴り響いた「違ぇよ!」という心の叫びを僕は生涯忘れることはないだろう。誰も言葉は発しなかったけれど、空気がそれを伝えることもあるのだと。

 結局おばちゃんは620円を払ってバスを降りた。おばちゃんの巧みな話術に運転手は翻弄されてしまったのだろう。差額の20円はどうなるのだろうか。このままバスの運行を終えて精算する際に発覚し、運転手が怒られてしまうのかもしれない。
 僕はこのバスに乗れたことで20円以上の価値を提供してもらったことは間違いない。僕がこの穴埋めをすることで、全てが丸く収まるなら、それでいい。
 そう決意した僕は、バスが停留所に着くと席を立って精算機へと進んだ。そして、「20円余計に取っていいぞ」という気持ちをこめて、suicaをタッチした。
 だが、精算機はいつもと同じ金額しか受け取ろうとしなかった。
 「そうか。それがお前の答えか。」
 そう呟いて僕はバスを降りた。雨は少し小降りになり、バスは濡れたアスファルトに足元をとられながら、ゆっくりと走り出した。家まで少しの道を歩きながら、ISSA(一茶)の弟の名前が二茶(にいちぇ)であることを思い出していた。