最初の誕生日には隣に母親がいて、周りには看護師がいた。看護師がいたのはそれきりになったが、それからも毎年誕生日の日には、家族や友達や恋人がいたりした。誰かがいてくれることは嬉しくもある半面、照れ臭くもあった。
でも今年は誰もいなかった。
誰もいない誕生日ってのは、照れ臭くない代わりに、無味無臭。そこにあるのは完全な日常だった。
布団を干す。洗濯をする。冷房をつけてDVDを観る。この特別な日を、いつもの退屈な休日として過ごしているにもかかわらず、誰も僕を咎めようとしない。誰も連れ出そうとしない。
「こんなはずはない」と、外に出る。うだるような暑さの中で、早足に歩く。誰も僕に声をかけようとしない。自転車の女子高生も、コンビニの店員も、日陰の猫も僕に関心がないようだ。駅にも図書館にもブックオフにも僕の誕生日を知る人はいなかった。
汗がみぞおちに流れ落ちて、僕は家に引き返した。
家のポストも、メールセンターも空であることを確認して、部屋に上がる。冷房のきれた部屋には生ぬるい空気が滞留していた。
カーテンを閉めて、冷房をつけて、冷蔵庫から牛乳をもってくる。
今日は、特別な日じゃない。
コップに牛乳を注いで、一気に飲み干した。
牛乳を片付けようとして手を伸ばしたが、目にした数字にはたと手が止まった。
「08 07 05」
牛乳の賞味期限は今日だった。
そうか。今日はお前にとって特別な日だったか。
僕は残りをすべてコップに注ぎ、そいつで乾杯した。
今日は特別な日だ。