店内には数多くの壁紙(とカタログ)があり、奥では貼り方についてのワークショップが行われていた。
明確なビジョンを持って来店した人にとって、豊富な選択肢は非常に魅力的だが、「壁の一部分を貼り替えてみたい」というぼんやりとしたイメージのみを持って挑んだ僕にとってはそうではない。壁紙の大海を漂う空き缶のように、広くはない店内を徘徊しては、一つの壁紙を手にとっては戻し、手にとっては戻しを繰り返していた。
見かねたスタッフが「どういったものをお探しですか?」声をかけてくれるのだけれど、むしろ僕が聞きたいくらいだ。僕は何を探しているのだろうか。彼の投げかけた問いもまた、大海に小石を投げるだけの結果に終わった。
自分の中にビジョンがない以上、ここは妻に頼るしか無い。
かのスタッフも妻なら打てば響くと気づいたようで、壁紙の種類とその特性、そしてまた具体的な作業方法など、持ち前の知識を存分に披露していた。
最初は無難な色柄を考えていた妻も、次第に気分が高揚してきたようで、段々と大ぶりで主張のある柄に興味を持ち始めたようだった。僕としてもどうせ変えるならある程度冒険したほうが面白いと思えたので、異存はなかった。
その日はあくまで下見ということで、いくつか気になる色柄を写真に撮って、店を後にした。余談ですが、お昼を食べた「旬菜料理 なかよし」は美味しかったです。
自宅に帰って、家族会議にて検討した結果、オランダの壁紙メーカー「Eijffinger」の「Masterpiece」というコレクションにある花柄の模様(358012)が良いということになった。
希望の品を決めたは良いけれど、そもそも値段を見ていなかったことに気づいたので、改めてWALPAのサイトで見てみると、1ロール(52cm×10m)で18,000円であった。
18,000円と言えば、お昼に食べた「なかよし」の肉豆腐定食20杯分相当であり、なかなかの金額だ。WALPAの入口付近で売っていた国産の壁紙は1ロール数千円程度だったけれど、流石に店の奥側から座布団サイズのカタログが出てきた輸入壁紙は三味程度違ったようだ。
流石に「試しに変えてみる」に18,000円は厳しいので、WALPA以外で売っているECサイトを探してみたのだけれど、そもそも売っている店が少なくて、たまに見つけても結局同額であった。
国内のECサイトで金額が横並びなら、海外のECサイトで探せばよかろうということで、壁紙の型番で検索をかけて探してみると、オランダのECサイトが引っかかった。
「Decorette Online」では、その壁紙が44,95ユーロ、約5,000円で売っている。
サイトはオランダ語で書かれているので、そのままでは分からないが、幸いにしてGoogle翻訳が利用できたので、試しに日本語に訳してみる。
マスターピースは、その洗練された詳細と巨匠の魅力的な世界へとあなたを取ります。だから遠く、まだとても近いです。光と影の時代を超越した遊びは、一度巧みに美しく、今日の壁紙コレクションに翻訳され、キャンバスに不死化。
なまじ単語がわかる分、逆に意味がわからなくなってしまった。落とし所として、英語に翻訳してみると、「読める。読めるぞ!」と僕の中のリトルムスカがささやいたので、そのまま必要な情報を集める。
まずは日本に送ってもらえるかどうかについて確認する。
We can ship all over the world.http://www.decoretteonline.nl/international-shipping/
You can fill in your adress in the shopping cart to calculate the shipping costs.
Usual shipping time in labor days to:
Japan 4-6
日本に4~6営業日で送ってもらえるという。
支払い方法はクレジットカードが使えれば良いので、問題なし。
You pay with your credit card.http://www.decoretteonline.nl/betalen/
Your order will be processed immediately.
You pay by credit card.
Your order will be processed instantly
もうこの勢いで買うしかあるまい。そのまま注文を進める。
商品をショッピングカートに入れて、発送先で日本を選択する。すると表示された送料は35ユーロだった。
商品代金44,95ユーロと合計で79.95ユーロ(約9,000円)。普通に考えて9,000円も高い。けれど、18,000円を見たあとなので不思議と安く感じる。これは十分許容範囲だ。
住所入力欄のどの欄が市区町村で、どれが番地なのかよくわからなかったけれど、とりあえずJAPANまで届けてくれれば、日本人配達員がいい感じにさばいてくれると信じて、それっぽい欄に入力する。
支払い方法の選択肢は以下の2つだ。
・IDEAL / Credit card / Minitix
・Remittance / Bank transfer for international payments
前後の「IDEAL」と「Minitix」が意味不明だけれど、迷わず前者を選択する。そして、内容を一切読まずに「規約に同意する」のチェックを入れて次画面へ。
次画面に遷移すると、様子がそれまでと違っていた。あたかも国境の長いトンネルの出口に控える雪国のように。どうやらRabobankという決済用の別のサイトに遷移したようで、英語の自動翻訳が走ることもなく、オランダ語表記のままであった。
画面の構成要素は少なく、こちら側が動かせそうなものはプルダウンメニューが一つだけ。
そこには「Selecteer uw bank」と書いてある。オランダ語がわからなくても、さすがにこれは「銀行を選択しろ」という意味だろうと想像がつく。試しにプルダウンの選択肢を見てみると、馴染みのない(たぶん)銀行名がズラリと並んでいる。(かろうじて"ING"はオランダのサッカーユニフォームかスタジアムの看板で目にした気がする)
試しに適当に銀行を選択して進んでみると、今度は銀行のサイトに遷移して、何らかのアカウントを入力する画面になった。
私の手元にはVISAカードが今にも火を吹かんばかりに待機しているのだけれど、その情報を入力するにはどうしたら良いのだろうか。いったん深呼吸をして、そっと画面を閉じた。まだあわてるような時間じゃない。
まずは敵を知るべく「iDEAL」について調べてみる。するとこれはオランダ独自の決済システムで、オランダの銀行に口座を持っていると、そこから直接引き落としができるらしい。要するにデビットカードだ。
当然ながらオランダに口座は持っていないので、これは選択肢として外れる。だが、さきほどの決済画面では、隅々まで見回してもクレジットカード入力欄は出てこなかった。いったいどうすればよいのか。
改めてECサイトの支払い方法のページをみると、「何か不都合があればここにメールしてくれ」と記載があったので、メールをしてみることにした。たぶん英語で大丈夫だろう。
メールは日本時間の深夜1時ごろに送ったのだけれど、わずか15分ほどで返信があった。なかなかできるECサイトのようだ。
以下が返信内容である。
Hello,
When you choose for the option iDEAL then you can choose for creditcard.
So it should not be a problem.
We ship worldwide so Japan is also no problem.
Thank you.
支払い方法でiDEALを選んだら、その後クレジットカードが選べるという。しかし、iDEALを選ぶと銀行のアカウントを求められるので、進むことができないのは、確認済みである。
その旨をメールで書いても、らちがあかないように思われたので、これまで封印していた最終手段を使うことにした。
PCを閉じて、iPhoneを手に取る。そして、LINEのアプリを立ち上げて、とある人物に連絡を取った。
そう。オランダにいる妹である。
色々聞いた結果、以下の様なことがわかった。
・オランダはデビットカード社会である。
・クレジットカードが使えると言っているのは、国際クレジットカードの話ではない。銀行発行のデビットカードにクレジット機能をつけられるので、たぶんそちら指している。
上記の情報により、該当のECサイトで購入することは不可と判断した私は、お金を払うから代わりに注文してもらうよう妹に依頼し、この長く苦しい戦いを終えたのであった。
つまり、オランダのECサイトで商品を購入するには、家族を現地に送り込む必要がある。それが本稿の結論である。