2013年9月6日(土) ダブリン
新しい朝が来た。のそりとベットから這い出て、シャワールームへ。蛇口をひねって水を出し、お湯なるのを待つけれど、いつまでたっても冷水のままだ。このまま帰国の日まで待つわけにもいかないので、別の階へ移動してシャワーを浴びる。ちなみに移動中は半裸だ。
昨日のうちにお願いしていた洗濯物を受け取るべく、フロントへ行って引き換えのチケットを渡す。
しばらくしてフロントの青年が、僕が昨日渡したビニールバッグを、まるで漫画のように眉を八の字にしながら、申し訳なさそうに差し出した。
中を見ると、まさに昨日僕が渡したままの洗濯物が、完璧な保存状態でそこにあった。
彼曰く「端っこに置いてあったから…」とのこと。
ここで叱りつけておいたほうが彼の成長のためになるかとも思ったけれども、僕が昨日洗濯物を渡したのとは違う人だし、それにあまりにも彼の眉毛が下がっていたので、「君のせいじゃない。」とグッド・ウィル・ハンティング風に優しく呼びかけるだけにしておいた。ただし、前払いしていた代金はきっちり返金してもらう。
やむなく昨日と同じ服で今日も過ごす。夏場でなくてよかった。
宿を引き払って、バスターミナルまで歩く。
アイルランド最北部のジャイアンツ・コーズウェイへの第一歩。まずは北アイルランドの首都ベルファストまで向かう。
券売機でチケットを買い、バスに乗り込む。8時発のバスに揺られること2時間で、ベルファストに到着。
さて、ここからジャイアンツ・コーズウェイに行く方法がよくわからないので、バスターミナルのインフォメーションでお姉さんに聞いてみる。
「すみません。ジャイアンツ・コーズウェイに行きたいんだけど、どうやったら行けるかな?」
「ジャイアンツ・コーズウェイね。次のコーレアン行きのバスが11時20分に出るから、そこでコーズウェイ行きのバスに乗り換えね。コーレアンには13時ごろに着くんだけど、次のコーズウェイ行きは14時20分まで待たないといけないわ。」
「……ありがとう。」
ここではさも聞き取れたからのように書いているけれど、知らない地名が出てくるわ、時間がたくさん出てくるわで、さっぱり意味がわからず。
こういうときに何となく分かった風を装ってしまうのは、昔からの僕の悪い癖だ。
恥を忍んでもう一度インフォメーションの列に並び、お姉さんにさっきの内容を紙に書いてもらった。
そしてチケット窓口の列に並び、コーズウェイまでのチケットを購入。窓口のオヤジもチケットに手書きで「コーレイン乗り換え」と書いてくれた。アイルランドのオヤジは親切だ。
ターミナル内の売店で買ったホットサンドを片手に、バスでコーレインの街を目指す。
バスの車窓からベルファストの街を眺めると、建物の雰囲気やタクシーがやはりアイルランドとはどこか違っていて、英国風だ。と思ったけれど、よく考えたら僕はイギリスに行ったことがないので、英国風かどうかを知るはずもなかった。きっと気のせいだろう。
ベルファストからコーレインまではこれまた2時間。コーレインのターミナルは鉄道駅と併設でなかなか立派なものだけれど、街自体は何も無さそうだ。
近くに観光案内所があったので、バスの時刻表をもらっておいた。Wi-Fiがあれば時刻は調べられるけれど、やはりオフラインでの確認手段はあったほうがよい。
バスターミナルに戻り、バスが来るまで1時間40分の間、本を読む、日記を書く、ぼんやりするなどの手法を駆使して時間をつぶす。寝るのも有効な手段ではあるけれど、諸々のリスクがあるので、おすすめしない。
やがてやってきたコーズウェイ行きのバスに乗り込む。いよいよ間近に迫ってきた。
バスがいつもながらの田舎道を走っていると、途中「STOP CHILDREN」という看板を掲げたおじさんが道路に立っていた。
最初は人口増加に歯止めをかけようと活動中の人なのかなと思ったが、小学校にいる緑のおじさんだった。
そしてようやく15時過ぎにジャイアンツ・コーズウェイに到着。朝の8時にダブリンを出発してから7時間の道のりだ。ちなみに、ドバイからダブリンまでのフライトが約7時間である。
まずはビジターセンターで入場料を支払う。入口付近に中国か韓国の団体ツアー客がいたのをかき分けてカウンターに進む。するとツアーの代表者に間違われ、「全部で何人だ?」と聞かれた。知るか。
か弱い一旅行者にすぎないことを伝えると、次はここまでの交通手段を聞かれたので、バスで来たと答える。すると「エコ割」的なものが適用されて、入場料が安くなった。
ビジターセンターの出口で、オーディオガイドを受け取る。コーク刑務所以来のオーディオガイドだ。こちらは流石にテープではなく、タッチパネル式のデジタルオーディオ。世界遺産の集金力をまざまざと見せつける。
ガイドには日本語版も用意され、味わい深いアイリッシュ・ジョークと共に、ジャイアンツ・コーズウェイにまつわる伝説と、地質学的な解説を聞かせてくれる。
はるばる7時間をかけてやってきたジャイアンツ・コーズウェイ。実際にその価値があるかと問われれば、間違いなく「是」だ。
果て無き北の海から打ち寄せる波に、切り立つ岸壁。力強く吹き付ける風。そして何より、六角柱が織りなす奇景。これらには自然への畏怖を感じざるを得ないし、どこまでも美しい。
歴史上最初にここへたどり着いた人間がどんなに想像力の乏しい者であったとしても、何か大いなるものへの存在を想起せずにはいられなかったと思う。
ジャイアンツ・コーズウェイを後にして、バスで30分ほどの港町ポートラッシュへ。街中でユニオンジャックを目にして、ここがイギリスであることを思い出す。
ここポートラッシュはリゾート地で、遊園地などもあり夏場は賑わうそうだが、9月の今となっては人もまばらであった。賑わっていたら宿が取りづらくなるので、そのほうがありがたいのだけれど。
船着場のすぐ近くにあるB&B、Harbour Heightsに部屋を取る。夫婦が営む小さなB&Bでとても感じが良い。英国的なコモンルームも印象的だ。人見知りの僕が使うことは無いだろうけれど。
部屋はきれいなツインルームだった。ベッドの配置はとても独創的。
おかみさんにおすすめのレストランを聞き、すぐ近くのHabour Barへ。街中はほとんど人が出歩いていなかったにも関わらず、店内は大賑わいだった。
カウンターで料理を注文し、白ワインを飲みつつ、肉とサラダをいただく。
宿に戻る。おかみさんがつけてくれていたヒーターのおかげで部屋が暖かい。
明日はとりあえずベルファストまで戻り、少し街を散策してから、サッカーのナイトゲームに間に合うよう、ダブリンに戻るつもりだ。
もちろん、バスもサッカーもチケットはまだない。
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新しい朝が来た。のそりとベットから這い出て、シャワールームへ。蛇口をひねって水を出し、お湯なるのを待つけれど、いつまでたっても冷水のままだ。このまま帰国の日まで待つわけにもいかないので、別の階へ移動してシャワーを浴びる。ちなみに移動中は半裸だ。
昨日のうちにお願いしていた洗濯物を受け取るべく、フロントへ行って引き換えのチケットを渡す。
しばらくしてフロントの青年が、僕が昨日渡したビニールバッグを、まるで漫画のように眉を八の字にしながら、申し訳なさそうに差し出した。
中を見ると、まさに昨日僕が渡したままの洗濯物が、完璧な保存状態でそこにあった。
彼曰く「端っこに置いてあったから…」とのこと。
ここで叱りつけておいたほうが彼の成長のためになるかとも思ったけれども、僕が昨日洗濯物を渡したのとは違う人だし、それにあまりにも彼の眉毛が下がっていたので、「君のせいじゃない。」とグッド・ウィル・ハンティング風に優しく呼びかけるだけにしておいた。ただし、前払いしていた代金はきっちり返金してもらう。
やむなく昨日と同じ服で今日も過ごす。夏場でなくてよかった。
宿を引き払って、バスターミナルまで歩く。
アイルランド最北部のジャイアンツ・コーズウェイへの第一歩。まずは北アイルランドの首都ベルファストまで向かう。
券売機でチケットを買い、バスに乗り込む。8時発のバスに揺られること2時間で、ベルファストに到着。
さて、ここからジャイアンツ・コーズウェイに行く方法がよくわからないので、バスターミナルのインフォメーションでお姉さんに聞いてみる。
「すみません。ジャイアンツ・コーズウェイに行きたいんだけど、どうやったら行けるかな?」
「ジャイアンツ・コーズウェイね。次のコーレアン行きのバスが11時20分に出るから、そこでコーズウェイ行きのバスに乗り換えね。コーレアンには13時ごろに着くんだけど、次のコーズウェイ行きは14時20分まで待たないといけないわ。」
「……ありがとう。」
ここではさも聞き取れたからのように書いているけれど、知らない地名が出てくるわ、時間がたくさん出てくるわで、さっぱり意味がわからず。
こういうときに何となく分かった風を装ってしまうのは、昔からの僕の悪い癖だ。
恥を忍んでもう一度インフォメーションの列に並び、お姉さんにさっきの内容を紙に書いてもらった。
そしてチケット窓口の列に並び、コーズウェイまでのチケットを購入。窓口のオヤジもチケットに手書きで「コーレイン乗り換え」と書いてくれた。アイルランドのオヤジは親切だ。
ターミナル内の売店で買ったホットサンドを片手に、バスでコーレインの街を目指す。
バスの車窓からベルファストの街を眺めると、建物の雰囲気やタクシーがやはりアイルランドとはどこか違っていて、英国風だ。と思ったけれど、よく考えたら僕はイギリスに行ったことがないので、英国風かどうかを知るはずもなかった。きっと気のせいだろう。
ベルファストからコーレインまではこれまた2時間。コーレインのターミナルは鉄道駅と併設でなかなか立派なものだけれど、街自体は何も無さそうだ。
近くに観光案内所があったので、バスの時刻表をもらっておいた。Wi-Fiがあれば時刻は調べられるけれど、やはりオフラインでの確認手段はあったほうがよい。
バスターミナルに戻り、バスが来るまで1時間40分の間、本を読む、日記を書く、ぼんやりするなどの手法を駆使して時間をつぶす。寝るのも有効な手段ではあるけれど、諸々のリスクがあるので、おすすめしない。
やがてやってきたコーズウェイ行きのバスに乗り込む。いよいよ間近に迫ってきた。
バスがいつもながらの田舎道を走っていると、途中「STOP CHILDREN」という看板を掲げたおじさんが道路に立っていた。
最初は人口増加に歯止めをかけようと活動中の人なのかなと思ったが、小学校にいる緑のおじさんだった。
そしてようやく15時過ぎにジャイアンツ・コーズウェイに到着。朝の8時にダブリンを出発してから7時間の道のりだ。ちなみに、ドバイからダブリンまでのフライトが約7時間である。
まずはビジターセンターで入場料を支払う。入口付近に中国か韓国の団体ツアー客がいたのをかき分けてカウンターに進む。するとツアーの代表者に間違われ、「全部で何人だ?」と聞かれた。知るか。
か弱い一旅行者にすぎないことを伝えると、次はここまでの交通手段を聞かれたので、バスで来たと答える。すると「エコ割」的なものが適用されて、入場料が安くなった。
ビジターセンターの出口で、オーディオガイドを受け取る。コーク刑務所以来のオーディオガイドだ。こちらは流石にテープではなく、タッチパネル式のデジタルオーディオ。世界遺産の集金力をまざまざと見せつける。
ガイドには日本語版も用意され、味わい深いアイリッシュ・ジョークと共に、ジャイアンツ・コーズウェイにまつわる伝説と、地質学的な解説を聞かせてくれる。
はるばる7時間をかけてやってきたジャイアンツ・コーズウェイ。実際にその価値があるかと問われれば、間違いなく「是」だ。
果て無き北の海から打ち寄せる波に、切り立つ岸壁。力強く吹き付ける風。そして何より、六角柱が織りなす奇景。これらには自然への畏怖を感じざるを得ないし、どこまでも美しい。
歴史上最初にここへたどり着いた人間がどんなに想像力の乏しい者であったとしても、何か大いなるものへの存在を想起せずにはいられなかったと思う。
ジャイアンツ・コーズウェイを後にして、バスで30分ほどの港町ポートラッシュへ。街中でユニオンジャックを目にして、ここがイギリスであることを思い出す。
ここポートラッシュはリゾート地で、遊園地などもあり夏場は賑わうそうだが、9月の今となっては人もまばらであった。賑わっていたら宿が取りづらくなるので、そのほうがありがたいのだけれど。
船着場のすぐ近くにあるB&B、Harbour Heightsに部屋を取る。夫婦が営む小さなB&Bでとても感じが良い。英国的なコモンルームも印象的だ。人見知りの僕が使うことは無いだろうけれど。
部屋はきれいなツインルームだった。ベッドの配置はとても独創的。
おかみさんにおすすめのレストランを聞き、すぐ近くのHabour Barへ。街中はほとんど人が出歩いていなかったにも関わらず、店内は大賑わいだった。
カウンターで料理を注文し、白ワインを飲みつつ、肉とサラダをいただく。
宿に戻る。おかみさんがつけてくれていたヒーターのおかげで部屋が暖かい。
明日はとりあえずベルファストまで戻り、少し街を散策してから、サッカーのナイトゲームに間に合うよう、ダブリンに戻るつもりだ。
もちろん、バスもサッカーもチケットはまだない。
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