結婚を知らされたのは、新郎と二人でフォーを食べている時だった。
箸を置き水を一口飲んだ後で友人が言った。
「実は結婚したんだ。」
それを聞いた僕は、これがフォーを奢らせるための作戦である可能性を一通り検討した後、応えた。
「あぁ。おめでとう。」
フォーは奢らなかった。
パーティーは渋谷の片隅にあるカフェバーで行われた。
僕は何も考えずに、ジーンズとスニーカーで行ったのだが、他の参加者は皆小綺麗な格好で来ていた。
ジーンズなんて履いてきたバカは、僕ともう一人だけだった。
そのもう一人が新郎だったのだが。
そのことからも分かるように、パーティーは非常にラフな空気であった。
ジーンズを履いてきてなんだが、世の中には愛を叫ぶためにわざわざ地球の中心まで行く人もいるというのに、愛を誓う二人がこんな近場で良いのだろうかとも思った。
しかも、二人は教会での式も披露宴も行っていないため、これが唯一の結婚式であるというのに。
しかし、パーティーが進むにつれ、それで充分であること、むしろそれが素晴らしいことを理解した。
ドンキで買った衣装に身を包んだエセ神父の前で、本物の新郎新婦はすげぇ小さい声で永遠の愛を誓った。
その声は地球の中心にいたら誰にも届かなかっただろうけど、渋谷の片隅にいた10数人ばかりの参列者には聞こえたし、何よりもお互いの隣にいる最愛の人に届いていた。
新郎ヘのメッセージを伝える中で、新婦は涙を流した。
それが今年見た最初の涙であることに幸せを感じながら、僕はそっと正月の番組で見たくだらない涙の記憶を葬り去った。