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2008/09/01

年々ラーメンが嫌いになっていく

 年々ラーメンが嫌いになっていく。
 子供の頃はラーメンが大好きだった。ケンちゃんラーメンが新発売だったあの頃、ラーメンは今ほどグルメな食べ物ではなかった。ラーメンを食べる場所は専ら家か、もしくはマルエツの一階にあるフードコートであった。
 カップヌードルに入っている肉のような謎の物体は旨かったし、今みたいに4分とか5分とか無駄に待たせないカップラーメンはどれも旨かった。マルエツで食べるラーメンは麺は機械が丹念に手打ちした工場直送で、スープは醤油系とか魚介系とか言うよりむしろ理系の味だったけれど、それが美味しくてたまらなかった。
 時が経つにつれ、ラーメンの社会的地位が向上する。それまで醤油味噌塩とんこつくらいの概念しかなかったラーメンに、魚介系だの家系だの背脂だの佐野稔だのと何だかよくわからないけど凄そうな何かが色々加わって、ラーメンはグルメな存在になった。友人は無闇矢鱈にスープの具材を当てたがり、僕も意味もなく麺の固さを選んで通ぶっていた。大学の周りにラーメン屋が無駄に多かったこともあって、僕はラーメン好きのマジョリティーとして長らく過ごすことができた。
 変化が訪れたのは社会人になってからである。仕事柄一人で昼食を食べることが多くなると、昼食の選択が大きく二つの方向に振れる。一つは、味などどうでもいいから、とにかく安く上げるという方向。コンビニでの「肉まん二つ。」やマクドナルドでの「ハンバーガー二つと水。」という男らしい注文がこれにあたる。そしてもう一つは、多少高くても良いから旨いものを食べようとする方向である。SHIHOがいそうなカフェのパスタランチや居酒屋の刺身が入った定食なんかがこれにあたる。
 こうして昼食の価値を考えるようになると、改めてラーメンの価値を見直さざるを得なくなる。700~800円のコストに味は見合っているのかを考えながらラーメンに相対することになる。そうすると、ラーメンが非常に中途半端な存在として僕には見えてきてしまった。
 コストは決して安くなく、それでいて物凄く美味しいかと言えばそうでもない。さらには、僕が自炊を始めたことで、品数の多さに価値を見出すようになり、相対的に一品料理の評価が低くなっていた。いくら天下一品と言われても、一品しかないのでは食べているうちに飽きてしまう。
 こうして僕は次第にラーメンが好きではなくなっていった。全く食べなくなったわけではない。今でもたまに昔のラーメンが美味しかったころを思い出して、ふらりとラーメン屋に入ることがある。そうしてたまに美味しいと感じるラーメンに出会うこともある。けれどもそれも最初の数口だけで、必ず途中で飽きてしまい、ラーメンが好きでなくなったことを再認識するだけの結果に終わる。
 最後の砦であるチキンラーメンが旨いと感じなくなったとき、僕は嫌いな食べ物としてラーメンを挙げることになるのだろう。