営業車にCDプレイヤーがついていたら、僕はCDを持ち込んで「自分の部屋」に流していたでしょう。しかし、それがなかったために僕はラジオを流し続けていました。家ではテレビ・ゲームが専らだった僕にはラジオを聞く習慣が一切ありませんでした。それが急に一日中ラジオ漬けになったのです。新鮮な体験でした。音楽は自分の聞きたいものを聞くのが一番だとずっと思っていましたが、DJや他のリスナーが提供してくれる音楽に触れるのも面白いと思いました。また、リスナーのメッセージから彼らの生活模様を知ることもそれなりに楽しめました。
そしてそんなラジオのある生活にすっかり慣れてきた12月のある日、月曜日でした。
僕は地下駐車場の車に乗り込み、次の休みまでに越えなければならない五日間を思いながら、のろのろと車を発進させました。ラジオはずっとつけっ放しでしたが、走り出して最初のうちは全く音が頭に入ってきませんでした。高速の入り口をくぐって初めて、懐かしい曲が流れていることに気付きました。
それは90年代に流行ったいわゆるJ-POPでした。僕は懐かしさと古臭さで思わず口元をほころばせました。このような曲が思いがけなく聞けるのもラジオの魅力です。そして次も同じような時代の曲でした。そしてその次も。
最初は90年代の特集コーナーかとも思いましたが、それにしては数が多すぎるようでした。そして、DJもリスナーも「懐かしい」だとか「思い出」とかの表現を使うことはありませんでした。
まるで、90年代のラジオがそのまま流れているようでした。
その後もラジオは90年代前半か、それ以前の音楽を流し続け、チャートには90年代の曲がランクインしていました。マライア・キャリーの歌うクリスマスソングがうだるほど流れました。
僕は思わず携帯電話を取り出し、今年が何年であったかを再確認しました。そしてこの不思議な現象を僕なりに論理的に捉えていようと努力もしました。そういう企画なのだろうか。或いはドッキリか。もしかしたら、10年以上前の電波が巡り巡って今僕の車に到達したのかもしれないなどと。
しかしそれもすぐやめてしまいました。今思うと不思議ですが、そのときの僕はそれをそのまま受け入れることが出来ました。僕の車には昔のラジオが流れている。ただそれだけのことでした。
僕はそれを誰にも言わず、ラジオのことは僕の秘密になりました。どうせ言ったところで信じてもらえるわけ無いと思っていましたし、ちょっとした特権意識も手伝いました。それに誰しも自分の部屋に秘密の一つや二つは隠し持っているものですから。
ラジオはどうやら1994年の12月を生きているようでした。『innocent world』に『ロマンスの神様』、『ロード』はまだ第二章でした。
僕の不思議なラジオ生活は、年が明けても続きました。ラジオは1995年になりました。何度か、戯れにリクエストの電話をしてみようかと思ったこともありましたが、それをした瞬間にこの不思議な世界が壊れてしまうような気がして、出来ませんでした。また何より、僕の興味の対象はもはや曲にはなく、その世界にいるリスナーの生活にありました。
イチローの偉業を讃える女性のメッセージに、セガサターンとプレイステーションのどちらを買うべきかを迷う男性の声。僕は彼女にイチローがメジャーリーグに行くことを教えたかったし、彼にセガサターンを買うよう薦めたい気持ちで一杯でした。
僕は自分だけが未来を知るものとして、彼らの生活の方向が正しいとか間違っているとか自分の中で判決を下して、まるで神様になったような気分でした。
ある日のこと、とあるリスナーが週末に結婚式を迎えるとのことで、ウエディングソングをリクエストしていました。僕は失礼ながら、彼女が今でも結婚しているかどうかなんてことを考えていました。しかし、次にはもっと違う想像が頭によぎりました。
その日は1月16日でした。ラジオも日付は一緒でしたから、ラジオの世界は1995年の1月16日です。そして翌日は1995年の1月17日。
急に動悸が激しく感じられました。僕は当時東京にいたため、災害を体験したわけではありませんが、ねじり倒された道路のイメージは鮮明にあります。ラジオの世界でまさにそれが起ころうとしているのでした。
僕は何とかして彼女を助けたいと思いました。でもどうやって伝えればよかったのでしょう。今僕が現に生きているこの世界ですら、僕が今明日大地震が起きるといって誰が信じてくれるでしょうか。況や、この箱の中から流れてくる音だけの世界に僕がどうやって迫り来る危機を知らせることが出来るでしょうか。未来を知る神であったはずの僕は、あまりにも無力でした。
僕は車を路肩に止めると、携帯電話を取り出しました。リクエストの電話番号にかけるためです。この番号だけが、僕と彼らを繫ぐ唯一のものでした。
発信ボタンを押すと、
「お客様がおかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって……」
僕は電話を切ると、そのままラジオの電源も切りました。
それ以来、ラジオは聞いていません。